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世界一周旅行について 世界一周旅行について

世界一周旅行の魅力

世界一周旅行はどういったところが魅力なのか 株式会社TABIPPOのおふたりに聞きました。

篠原様

清水 直哉氏

株式会社TABIPPO 代表取締役

清水様

篠原 輝一氏

株式会社TABIPPO マーケティング事業部
1回目

1回目 世界一周をした理由(ワケ)

平野-では始めます。きょうはTABIPPOの篠原さんと清水さんにお越しいただき、世界一周の旅に出たきっかけや、どのような旅行をして、旅行後はどのように過ごしているかを伺いたいと思います。よろしくお願いします。

 

清水・篠原よろしくお願いします。

 

平野-早速ですが、お二人が世界一周に出ようと思ったきっかけや時期についてお聞きしたいと思います。では、清水さんからお願いします。

清水僕は、もともと両親がバックパッカーだったのです。両親は建築家で、設計士なので若い頃から結構ヨーロッパを旅しており、僕は小さい頃からヨーロッパの写真を見て育ちました。そして大学に入学してサッカー部に入り、ほぼ毎日サッカーをしていました。とはいえ、選手になるほどうまくはないし、スポーツ関係の仕事に就きたいと思っていたわけでもないので、この先の人生をどうしようと、漠然と悩んでいました。
でも昔からヨーロッパへの憧れはあったし、サッカー好きの自分としては一度ヨーロッパのサッカーを見てみたいと思い、サッカー部にお願いをして半年間休部させてもらいました。半年間のうちの4カ月間アルバイトをして、残りのうち1カ月でヨーロッパを一人旅で一周しました。それが最初の一人旅で、19歳でした。
その旅の途中で、ドイツから夜行の寝台列車でイタリアに向かっていたときに、寝台で隣り合わせた人が世界一周をしている最中で、世界一周航空券のこと等、現実的な手順をいろいろ教えてくれて、初めて大学生でも世界一周ができるのだと知りました。それが世界一周の旅に出るようになった最初のきっかけです。
その後、大学に戻り、就職活動の時期になったのですが、人生に悩み、挫折をしてしまいました。部活動もまだ続けていたいし、就職活動も最初から仕切り直したいと思いました。また、社会人になったら世界一周はできないと思い込んでいたので、学生のうちに行っておきたいという思いもありました。
その全部を実現するために、大学は1年留年をすることにしました。計画としては、初めは部活動に打ち込み、部活動を引退したら世界一周の旅に出て、帰ってきてから就職活動をする予定でした。そして、実際には部活動を引退した次の日には世界一周の旅に出ました。あまり深い考えはなく、ただ行ってみたいと思っていただけでした。

僕は、もともと両親がバックパッカーだったのです。

平野-偶然の出会いがあったのですね。

 

清水そうです。良いきっかけになったのは確かです。

 

平野-その方とは今でも繋がりはあるのですか。

 

清水Facebook上で友達になっています。今はアメリカでラーメンを作っているようです。

 

平野- えー!? すごい!

 

清水当時、彼は卒業旅行中で、ワンワールドの世界一周航空券を使って40万円で世界一周をしていたそうで、ヨーロッパ一周の途中で既に40万円を使ってしまっていた僕としては衝撃でした。そして、それを聞いて初めて自分の中で世界一周旅行が具体的なこととして上がったのです。

 

平野-なるほど。篠原さんはどうでしたか?

篠原僕が世界一周をしようと決断したのは20歳のときでした。大学に入学して2年くらい過ぎた頃です。サークル活動をしたり、アルバイトをしたりといった普通の大学生でしたが、自分でも授業料を払っていたので、結構忙しい毎日を送っていました。
実は僕もサッカーが好きで、高校までやっていていましたが、大学では金銭的な理由で入部しませんでした。しかしこのまま何も成し遂げてない感じのまま、就職してしまっていいのかという漠然とした不安を抱えたまま20歳を迎えてしまいました。そこで何かに挑戦しようと、サッカー観戦をしながらのヨーロッパ周遊を実現させようと決めました。でもアルバイトをしても授業料を払わなければいけないので、なかなかお金はたまらず、良い策はないかと考えたときに、休学という選択肢がある事を知りました。公立大学だったので休学費はかからず、気軽に休学ができたということも僕の背中を押す要因となしました。
考えを進めていくうちに、せっかくヨーロッパに行くのだったら、いろいろ見て回りたいと思うようになり、最終的には世界一周することに決めました。

僕が世界一周をしようと決断したのは20歳のときでした。
対談中のお二人

平野-そうでしたか。ヨーロッパから他の国に行って、結果的に世界一周になったのだと思うのですが、他に行きたい国はあったのですか?

 

篠原あまりなかったです。僕の場合は何も決めてなかったので、行きたい所は旅に出てから決まってきたという感じです。

 

平野-期間だけを決めていたのですね。

 

篠原そうです。

 

清水ヨーロッパとサッカーは、僕と篠原の共通点ですね(笑)。

 

篠原そうですね(笑)。

 

清水僕たちは広める側なのでさぞかしすごい旅をしているのだろうと思われたり、何か崇高な理由があるのかと聞かれたりするのですが、全くそのようなことはありませんでした。ただ色々と自分の中で考えるきっかけがあり、それを行動にしたものが世界一周であったという事はよく話しています。

平野-お客様に「何かテーマを持って世界一周に臨んだほうがよいのですか」と聞かれることがあるのですが、どう思いますか?

 

清水僕たちの世界一周ゼミ等でも、よくそういう話をしています。加えて、僕たちは『世界一周の夢を叶えるコンテストDREAM』 を運営していて、コンテストなので審査をします。すると出場する人たちも、何かテーマがあったほうがよいのかと、すごく悩んで相談しに来るのですが、僕たちは「やりたいことがあるのだったら、やったらよい」と答える程度です。僕たちはサッカーが好きだったからこそ、ヨーロッパのサッカーを見ることができました。やりたいことや好きなことがあるのであれば、それに越したことはないですが、特にやりたいことがないのであれば、無理にテーマ設定をする必要はないし、何も決めずに旅をするのも、それはそれで良いものだと思います。

世界一周の夢を叶えるコンテストDREAM

世界一周を夢見る学生全てが対象のコンテスト DREAM。2017年最優秀賞者には世界一周航空券が贈呈 された。

篠原最近は結構多いですよね。

 

清水社会人になってからだと、一度は働いて、辞めてから出発する人が多いと思います。すると帰国後のプランを視野に入れなければならず、もっと自分の旅を有意義にしようと、何かを学ぶことや、おいしいものを食べて回る等の具体性のあるテーマを持つようになる人は結構多いです。

 

平野-実際にご予約頂くお客様も、テーマを持って旅に出るというケースは少なく、ここにいる綱島も結局は行きたい場所をたくさん挙げていったら世界一周になったという感じですので、そういう人は多いのかと思います。

 

篠原そうですね。特にTABIPPOのメンバーには、具体的なテーマを持つという人は、あまりませんし、時代性もあると思います。バブル経済を知らず不景気な世の中しか見たことない若者は人生に漠然とした不安を抱いている人も多いように感じます。帰国後の人生設計と旅のテーマ設計をリンクさせなければ、と考える人は少なからずいると思います。

 

平野-そうですね。

対談中のお二人

清水ところで綱島さんはいつ世界一周をされたのですか?

 

綱島2015年の10月16日からです。

 

清水休暇をもらって行ったのですか?

 

綱島はい。その時はまだ学生で、H.I.Sで内定を貰ってアルバイトをしていましたが、「世界一周をしたいので、1カ月の休みをください」と話して、H.I.Sで航空券を購入しました。帰国後は海外発航空券デスク(注)に配属され今に至っております。(編集者注:世界一周旅行デスクの前身。現在は海外発着の航空券を中心に販売しております。)

 

清水もう少し長く行きたいとは思いませんでしたか?

 

綱島当時は1か月が限界でした。でも帰国後、チケットの有効期間が12カ月なのだから、もっと長く旅を続ければよかったと思うこともあります。出発前のお客様へは「自分の1カ月という期間は短すぎました。長く行くことができるのであれば、期間は有効に使ったほうがいいですよ」と案内をするようにしています。

 

篠原どのようなルートで回られたのですか?

綱島もともとはアメリカを周遊する予定だったのですが、ヨーロッパも行きたいと思い、行きたい場所を線で結んでいったら、結果的に世界一周になりました。当時はシンガポールから成田経由でロサンゼルスまでのフライトが世界最長で、それに乗りたいがためにまずシンガポールへ行き、成田、ロサンゼルス、サンディエゴ、ハワイ、フロリダ、ニューヨークでアメリカ旅行を終え、次にロンドンへ行ってからパリに行ったら、その日にパリのスタジアムで同時多発テロ事件が起こりました。パリの後は、トルコ、インドと行って、日本に帰国しました。

 

平野-そうなんですよ。パリ同時多発テロが起きた日に、彼に何回電話をしても出ないので、生きているのか心配でした(笑)。

 

綱島深夜2時くらいに会社から電話があって「生きているのか」と聞かれたものの、何のことだかさっぱり分かりませんでした。するとニュースを見るようと言われたのでテレビをつけたら、先ほどまで自分がいた所が映っていて、これで初めて自分の身が危なかったのだと知りました。現地で知り合ったおじいさんがいて「これからスタジアムへ行く」と言っていましたが、無事だと良いんですけど・・・。危険と隣り合わせでした。

 

篠原何かあったら大変なことになるところでしたね。

 

清水因みにシンガポールからアメリカへ行くのは、何時間かかりましたか?。

 

綱島19時間かかりました。

対談風景

清水一番長いフライトとはどこですか? ちょうど先日考えていました。

 

平野-確かエミレーツ航空が更新したはずです。

 

篠原やはり、経由をするのですか?

 

綱島確か直行でエミレーツ航空のドバイからアメリカ本土までだったと思います。大西洋を抜けてアメリカに到着するルートです。(編集者注:2016年12月時点の最長直行便はエミレーツ航空でニュージーランド・オークランド→アラブ首長国連邦・ドバイ間。所要時間17時間25分。)

 

一同それはすごく長いですね。

 

清水でも、昔は成田からリオデジャネイロへ行く便があったと記憶しているのですが。

 

綱島あれは、実際はニューヨークを経由していました。

 

平野-便名は一つだけですが、実は立ち寄っていたということです。
話は変わって,清水さんと篠原さんはどれくらいの期間行っていたのですか?

 

篠原僕は、ちょうど210日間です。7カ月間ちょうどです。

 

平野-お金はどれくらいかかりましたか?

 

篠原お金は、60万円から65万円くらいかけました。

 

一同安いですね!(笑)

 

平野-移動費だけですか?

 

篠原全部含めてです。

 

平野-宿泊費も含めてですか!それで収まるのですか?

 

篠原移動費や宿泊費等を節約していたのです。現地の人に泊めてもらったり、ヒッチハイクをしたりして、安く抑えました。

 

平野-すごいですね!

 

篠原僕は大学生だったので、本来であれば、期間が決められている世界一周航空券が合っていたのですが、買えるお金を持っていなかったので、取りあえず日本を出発し、安い航空券を買い足して旅をしていました。

 

清水安過ぎますよね。あまりそういうことをする人はいないですよね(笑)。

 

篠原でも食べたいものを食べたいし、やりたいことはやりたいので、そこは妥協せずに、移動費や宿泊費をひたすら削りました。

 

綱島信じられないです。

yankees stadium

入社前に人気観光地は押さえておきたい、と人気都市を中心に世界一周した綱島。費用が嵩むのは仕方なかったと振り返る。

清水綱島さんは、どのくらい使ったのですか?

 

綱島150万円くらい使ったと思います。

 

篠原アメリカが多かったからそれだけかかったのでしょうね。

 

綱島そうですね。あと、やりたいことは全部やりました。
入社後お客様に案内ができるようにと、市内のきちんとしたホテルを選んで泊まったのです。

 

清水良い内定者ですね(笑)。

 

綱島お客様が使うようなものを使い、行きそうな所に全部行きましたので、お金はかかりました。 ミュージカルを見に行きましたけれど、それが結構高かったです。しかも見るうちにミュージカルが好きになってしまって何度も行きました。あと、アメリカで何度も通ったのはHOOTERS(※1)です(笑)。 (※1 HOOTERS:アメリカ発のカジュアルダイニングレストラン。タンクトップとホットパンツのコスチュームのスタッフで有名。)

 

平野-彼は帰国してからも、あちこち回っているのですよ(笑)。

 

綱島この前の夏休みも、アジアのHOOTERSに行ってきました。

平野-話を戻しまして、清水さんはどれくらいお金をかけましたか?

 

清水僕は旅が3カ月くらいで、お金は70万円くらいです。ワンワールドの世界一周航空券で約45万円、残りは30万円です。1カ月8万円以内で収めるようにしていました。旅人は1日に使う金額が大体3000円が相場であり、1カ月だと9万円です。それほど無理は感じませんでした。それで全部使ったという感じです。

 

平野-その時は、ヨーロッパがメインでしたか?

 

清水ヨーロッパは19歳のときに回っているので、世界一周の際はヨーロッパを除外して、最初にインドへ行き、 中東、エジプト、ヨルダン、イスラエル、トルコと旅をして、その後にヨーロッパを経由してサッカーだけを見て、モロッコへ行き、そこから戻るように南米をペルー、ボリビア地域と下り、イースター島へ行って、最後にアメリカへ行って帰ってきたという流れの3カ月でした。ワンワールドの王道という感じです。

 

<次回に続く>

インド

インドから始まった世界一周旅行。この旅が清水氏の今後の人生を変えてゆく。

STAFF PROFILE

篠原様

清水 直哉氏

株式会社TABIPPO 代表取締役

創設から今までTABIPPOの代表を務める。東京学芸大学にてサッカー漬けの日々を送るが、人生に悩み、世界一周の旅へ。 旅で出会った仲間とTABIPPOを立ち上げる。 卒業後はWEB広告代理店の株式会社オプトへ入社、1年目からソーシャルメディア関連事業の立ち上げに参画。最年少マネージャーの経験などを経て2013年11月に退職、 TABIPPOにて法人登記を果たす。趣味は自分探し、夢は「やりたいことを、やりたいだけ、やりたい場所で、やりたい時に、やりたい仲間と、やり続けること」

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清水様

篠原 輝一氏

株式会社TABIPPO マーケティング事業部

21カ国210日間の世界一周中にprayforjapan元気玉プロジェクトを立ち上げ、話題になる。 帰国前に偶然TABIPPO代表の清水に出会ったことがきっかけとなり、帰国後TABIPPOのメンバーに。 TABIPPO2013〜ガイドブックの向こう側〜ではイベント代表として70人以上の学生をまとめあげ、成功に導く。 2013年11月以降、ITベンチャー企業リッチメディアに就職。2015年1月現在はTABIPPOに復帰し創業メンバーとして従事。

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